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岐阜地方裁判所 昭和41年(ワ)393号 判決 1968年4月22日

原告 稲垣康子

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 長尾文次郎

同 中島多門

被告 安藤雅康

同 笠鉄運送株式会社

右代表者代表取締役 加藤重規

右両名訴訟代理人弁護士 加藤三郎

同 林千衛

主文

(一)  被告らは各自

原告稲垣康子に対し金二〇三万二、二四〇円、同稲垣和美・同稲垣千恵美に対しそれぞれ金一五三万二、二四〇円、同稲垣治郎・同稲垣美に対しそれぞれ金九万八、四四〇円および右各金額に対する昭和四一年八月三一日から支払済みにいたるまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告稲垣治郎・同稲垣美のその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(四)  この判決第一項は原告稲垣康子において金二〇万円の、同稲垣和美・同稲垣千恵美において各金一五万円の、各担保を供するときはそれぞれ当該原告において仮に執行することができる。

事実

原告五名

第一申立

「被告らは連帯して

原告稲垣康子に対し金二〇三万二、二四〇円、同稲垣和美・同稲垣千恵美に対し各金一五三万二、二四〇円、同稲垣治郎・同稲垣美に対し各金五九万八、四四〇円、および右各金額に対する昭和四一年八月三一日から各支払済みにいたるまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二主張

請求原因

(一)  原告稲垣康子は訴外亡稲垣節夫の妻、原告稲垣和美・同稲垣千恵美はその子、原告稲垣治郎・同稲垣美はその父母である。

(二)  被告笠鉄運送株式会社は運送業を目的とする会社であり、同安藤雅康はその従業員であって、自動車運転の業務に従事するものである。

(三)  前記稲垣節夫は昭和四〇年五月二二日午後八時五〇分頃軽四輪貨物自動車(スバル)を運転して岐阜県多治見市住吉町一丁目先の東西に通ずる国道二四八号線の国鉄中央線弁天町ガード西方を西進走行していたところ、同所附近の交差点において折から対進走行してきた訴外若井正義運転の普通貨物自動車(ジュピター)と衝突して脳底頭蓋骨折・脳内出血の重傷を重い、これが原因で同月二七日死亡した。

(四)  ところで、右衝突事故当時被告安藤は被告会社所有の普通貨物自動車(トヨエース、岐四あ〇七六六)を運転して、右国道と南北に交叉する、右国道よりも狭い道路を北進走行し、その事故現場交叉点で左折西進したのであるが、その際被告安藤は右節夫の運転する自動車が同交叉点に入ろうとしているのに、左右の安全を確認せず一旦停止を怠って国道上にとびだし、そのままの速度で左折して国道中央よりを西進する態勢となって、直進する右節夫の進路を妨害し、その前進を阻塞して追突の危険を生ぜしめたため、これをさけようとした節夫は急停車の措置をとるとともにハンドルを右に切ったところ、折から対進走行してきた前記若井の運転する自動車と衝突するにいたったものであるが、被告安藤の進行してきた道路は右国道に比して明らかにその巾員が狭く、特に右交叉点の東南角には人家があって国道右(東)方の見とおしがきわめて悪いのであるから、このような道路から同交叉点に入ろうとするものは一旦停車して左右の安全を確め、国道上に接近車輛がないことを確認したうえで進出すべき運転業務上の注意義務があるものというべきところ、同被告はこれを怠って同一速度のまま進出左折態勢に入ったため、節夫をして急停車の措置のみでは追突をさけがたく、やむなく右にハンドルを切ってこれを避譲せざるをえざらしめ、よって本件衝突事故発生を余儀なからしめたものであるから、右の事故は同被告の過失ある行為によって生じたものというべく、よって同被告は不法行為者として右事故によって生じた損害を賠償する義務があり、しかして被告会社は被告安藤の使用者でありかつ右の事故車を自己の運行の用に供する者であるから、被告会社もまたこの損害を賠償する義務がある。

(五)  節夫は昭和一二年四月二九日生れ(死亡当時満二八才)の健康な男子で、労働省就労可能平均年数表によれば同人は向後なお三五年間就労可能なるところ、同人は生前その妻である原告康子の父兼松一男経営のプロパンガス販売店に自動車運転手として雇われ勤務して、昭和三九年六月から同四〇年五月までの三年間に合計金三四万〇、一六〇円、一ヶ月平均金二万八、三四六円の給与収入を得る一方、その住居は右兼松所有の建物を無償で借受け、燃料・水道等は同人から現物給付されていた関係上その生活費は一ヶ月金一万円をもって足りていたから、これを控除すると同人の一ヶ月平均の純収入は金一万八、三四六円となり、なお生活費の増加は毎年金一、〇〇〇円宛増加する昇給分と相殺勘定されてよいから、右就労可能の三五年間に同人の得べかりし純収入は金七七〇万五、三二〇円となり、これが現在価格を年五分の割合によるホフマン式計算法によって算出すると金二八〇万一、六〇〇円(一〇〇円以下切捨)となって、これが本件事故により得べかりし利益を喪失してこうむった節夫の損害の現価であり、節夫の死亡によって原告康子はその配偶者として、同和美・同千恵美はいずれもその子として、節夫の被告らに対する右損害の賠償請求権の各三分の一である金九三万三、八〇〇円宛相続取得した。

(六)  しかして原告治郎・同美は共に農業を営み、その長男で亡節夫の兄である利夫と同居しているが、同人は智能の低い身体障害者であるため、右原告らは節夫に一切の期待をかけて将来は同人の扶養を受けることになっていたところ、原告らは本件事故によってその柱と頼む節夫を失い、その悲歎痛惜の念甚だしくこれによってこうむった精神的苦痛による損害は妻である原告康子においては金一五〇万円、子である原告和美・同千恵美においてはそれぞれ金一〇〇万円、父母である原告治郎・同美においては将来扶養を受ける期待を失った精神的苦痛による損害をも併せてそれぞれ金一〇〇万円に相当するところ、原告らは右損害につき被告会社および前記若井正義の使用人である訴外三和建材株式会社から各金一〇〇万三、九〇〇円宛計金二〇〇万七、八〇〇円の賠償を得たので、これを原告各自の右精神的苦痛による損害額から控除して、被告らに対し原告康子は計金二〇三万二、二四〇円の、同和美・同千恵美はそれぞれ計金一五三万二、二四〇円の、同治郎・同美はそれぞれ計金五九万八、四四〇円および右各金額に対する本件訴状が被告らに送達された翌日である昭和四一年八月三一日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

第三証拠関係≪省略≫

被告両名

「原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決を求める。

答弁

(一)  知らない。

(二)  認める。

(三)  認める。

(四)  本件事故当時被告安藤が原告主張の自動車を運転してその主張の交叉点で左折西進したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告安藤は右交叉点に入るに際し時速八ないし一〇粁に減速徐行して右方を注視したところ、右方六十数米の国道上に節夫運転のスバルを発見したのであるが、それだけの間隔があれば左折完了時においてなお少くとも二〇米の間隔を保ちうるところから一旦停車せずそのまま左折に入り、約二四米西進した地点で前記若井運転の自動車と離合したのであるから、節夫は同所の最高制限速度である毎時四〇粁を遵守していたものとすれば、右にハンドルを切る必要は毫もなく減速徐行するのみで裕に被告安藤に追尾走行しえたはずであるのにもかかわらず、同人が右にハンドルを切って対進する若井の自動車と衝突するにいたったことから推せば、節夫は多量に飲酒のうえ毎時七〇粁位の猛速をもって被告安藤の自動車を追越そうとしたものの如く、このことは節夫の自動車が衝突によって前部を大破したうえ半回転して停車したこと、および同人の嘔吐物から強い酒気がただよっていたこと、ならびに同人の負傷の程度などから容易に推測されるところであって、さすれば本件衝突事故は被告安藤の行為と因果の関係なく節夫自ら招来したものというべく、仮に被告安藤に節夫の進路を妨害するの所為あり、それがために本件衝突事故の発生をみたとしても、このような場合後続する節夫としては対向車との正面衝突をさけるために左にハンドルを切って追突をさけ、あるいは追突覚悟のうえで直進すべきであるのに、逆に右にハンドルを切ったことは同人の過失というべきであって、被告安藤には形式的に道路交通法に違反する点はあったにしても、衝突事故を惹起するについてはなんら過失はなかったというべく、したがって被告安藤、ひいては被告会社にこれによる損害を賠償する義務はない。

(五)  知らない。

(六)  争う。

理由

一  請求原因(三)の事実およびこの衝突事故当時被告安藤が被告会社所有の普通貨物自動車(岐四あ〇七六六)を運転して、右国道と南北に交叉する、国道よりも狭い道路を北進走行し、その事故現場交叉点で左折西進したことはいずれも当事者間に争がない。

二  ≪証拠省略≫を綜合すれば、右事故現場交叉点東南角には民家があって、南北に通ずる巾員約四・二米の道路を北進して同交叉点に入る自動車にとっては右(東)方の見とおしがきわめて悪い状況にあるが、被告安藤は前記自動車を運転して同交叉点にいたり、その南端附近で毎時五粁位に減速徐行して右方を見たところ、その二〇米位の地点に巾員約七・七米(舗装部分六米)国道左側を西進して同交叉点に入ろうとしている前記節夫の運転する自動車を認めたが、これが同交叉点に入る前に左折先行できるものと判断した同被告は一旦停車することなく同一速度で左にハンドルを切り、交叉点の左側を左折する態勢に入ったところ、このとき同交叉点東端に接近しつつあった節夫は同被告の自動車に進路を妨害されてこれに追突する危険を感じ、急停車の措置をとる間もなく急遽右にハンドルを切って国道右側に進出したため、折から同国道を対進走行してきた前記若井の運転する自動車右前部に衝突するにいたったものであることが認められる。≪証拠判断省略≫

右認定の事実からすれば、被告安藤が右のような状況下に左折の態勢に入ったことが右衝突事故の原因をなしたことは明らかであって、その間に相当因果関係があるというべきところ、前認定のような道路を北進して同交叉点に入ろうとする自動車運転者としてはその南端手前で一旦停車して左右を注視し、もしこれと交叉する国道上にその交叉点に接近しつつある車輛を認めたときはこれに進路を譲って安全に通過させるべく、しかるのち左右の安全を確認して発進すべき業務上の注意義務があるというべきところ、前認定のように右方約二〇米の地点に節夫の自動車が同交叉点に向って走行しつつあるのを認めながら一旦停車をすることなく漫然左折を開始して節夫の進路を妨害した被告安藤には右の注意義務を怠った過失があるといわなければならないから、同被告はこの事故による損害を賠償する義務があるものというべく、しかして同被告運転の右自動車が被告会社の所有であることは当事者間に争がなく、被告会社が該自動車を運行の用に供する者であることは弁論の全趣旨によって明らかであるから、被告会社もまた右の損害を賠償する義務がある。

なお、被告らは、節夫は多量に飲酒したうえ毎時七〇粁位の猛速で被告安藤の自動車を追越そうとして本件事故を招いた旨主張するが、これらの事実を確認する証拠はないし、また仮に被告安藤が節夫の進路を妨害したとしても、節夫としては左にハンドルを切って追突をさけるか、追突を覚悟のうえで直進すべきであるとの被告らの主張も、検証の結果によって認められる事故現場附近の状況からして当裁判所のとらないところである。

三  そこで損害額について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すれば、亡節夫は昭和一二年四月二九日生れ(死亡当時満二八才)の健康な男子であって、同三七年三月以来妻である原告康子の父兼松一男経営のプロパンガス販売店に自動車運転手として雇われ勤務し、右兼松の持家を無償で借受けるほか、光熱・水道なども同人から給付されて妻子とともに居住し、同三九年六月から死亡にいたるまでの三年間においては原告らがその請求原因(五)において主張するとおり一ヶ月平均少くとも金一万八、三四六円の純収入を得ていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

しかして満二八才の健康な男子が向后なお三五年間労働が可能であることは経験則上明らかであるから、節夫は右の間なお少くとも右認定の収入をあげえたものというべく、同人は本件事故によって死亡したためこの間に得べかりし計金七七〇万五、三二〇円の利益を喪失したことになり、これを年五分の割合による中間利息を控除して死亡当時現在の価格にひきなおすと、金二八〇万一、六〇〇円(一〇〇円未満切捨)となることは計数上明らかであって、これは本件事故によって節夫のこうむった物質的損害であるというべきところ、原告康子が亡節夫の配偶者であり、原告和美・同千恵美がその子であることは≪証拠省略≫によって明らかであるから、右原告ら三名は相続により節夫の被告らに対する右損害賠償請求権をその三分の一である金九三万三、八〇〇円(一〇〇円未満切捨)宛取得したものというべきである。

(二)  ところで、原告治郎・同美が亡節失の父母であることは≪証拠省略≫によって明らかであるところ、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すれば、前記のような事故によって夫を、父を、そして子を失った原告らの悲歎痛恨の情は察するに余りあるものがあり、その精神的苦痛による損害は原告康子においては金一五〇万円、同和美・同千恵美においてはそれぞれ金一〇〇万円、同治郎・同美においてはそれぞれ金五〇万円に相当すると認められる。

(三)  そして原告らが右の損害のうち計金二〇〇万七、八〇〇円の填補を受けたことは原告らの自認するところであるから、特段の事情の認められない本件においては右の填補は原告各自の損害につき金四〇万一、五六〇円宛平等になされたものとなすべきところ、これを原告らの指定によりそれぞれ右認定の精神的苦痛による損害の賠償に充当すると、原告らの被告らに対する損害賠償残債権は原告康子においては金二〇三万二、二四〇円、同和美・同千恵美においてはそれぞれ金一五三万二、二四〇円、同治郎・同美においてはそれぞれ九万八、四四〇円となる。

四  右の次第で被告らに対し右各損害の賠償とこれに対する節夫の死亡後である昭和四一年八月三一日から支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告康子・同和美・同千恵美の各請求は理由があるから正当としてそれぞれこれを認容し、原告治郎・同美の各請求はいずれも右認定の金九万八、四四〇円とこれに対する同日から同割害による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当としてそれぞれこれを認容し、その余の請求は理由がないから失当としてそれぞれこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条但書・九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 川端浩)

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